雪が降ると、登山は冬山シーズンに入り、一般ルートでは澄みきった空気の中、厳冬期独特の雪景色を堪能し、氷点下となればアイスクライミングといった冬山限定のアクティビティに挑戦することもできます。
冬期登山の中、夏に盛況となった沢登りはオフシーズンとなりますが、場所を選べばまだまだ遡行対象となる沢が存在します。
今回は神奈川県における沢登りのメッカ、丹沢にある後沢をご紹介します。
冬の沢登りの特徴
(オフシーズンは水量が少なく穏やかな沢が楽しい)
沢登りはその名の通り源流を遡行する登山方法です。水に濡れ、浸かることが前提とされるため、低温下の中での遡行は命取りとなるため、基本的にはオフシーズンとなっています。
また、容易に想像できる要因の他、行ってみると分かる要因もあります。
沢が凍ると遡行不可能
滝が凍ると、そこはアイスクライミングの領域となり、そもそも沢登りの装備では遡行不可能となります。凍った滝はツルツルとグリップせず、スタンスを見つけることは至難の技です。
標高が高くなればなるほど凍結と積雪のリスクが高まり、遡行不可能になります。
堆積物が多くバランスを崩しやすい
(落ち葉があると足元の状況判断が鈍る)
これは秋口でもいえることですが、落ち葉が堆積して足元が見えず、下手をすると踏み抜いてバランスを崩すこともあります。決定的な遡行不可能要因ではありませんが、意外と厄介な相手です。
冬でも沢登りできる条件は?
ある程度の条件をクリアすれば、遡行可能な沢があります。
水量が少ない
水に浸かることがなければ、生死に関わる決定的な体温低下を短時間で受けることはないでしょう。足首が浸かる程度の水量であれば問題なく、膝上まで深さのある釜でも、高巻きや側壁を登って回避できるルートがあれば、遡行も可能です。
雨が降らない日を選ぶ
(冬は日差しが無いとすぐに凍える寒さになる。)
個人的には、遡行中の時間帯に雨が降る可能性が高ければ、遡行しない方がよいでしょう。
天候悪化で増水ともなれば死亡率は飛躍的に高まります。雨が降っても増水が少ない沢であると共に、晴天率が高い日を選びましょう。
防寒対策は必須の条件
沢登りの代表的な装備である沢靴を冬に履き続けるリスクは高く、水温が低い冬は夏のようにジャブジャブ浸かることは難しく、源頭部より上の状況は積雪が多く、足に重大な怪我を負う可能性は高まります。
そのため、夏では場合によって不要とされた登山靴は必携であり、防寒装備を含めた冬山装備も必要となるため、夏の沢登り以上の装備を持ち込む必要性が出てきます。
凍結と積雪もチェック
ルートの凍結、積雪を想定しておきましょう。滝周辺の岩場の凍結、積雪が予測範囲内であれば大丈夫ですが、厳冬期がトップシーズンになれば、遡行できる沢が限定されていきます。
遡行に適した枯れ沢を選ぶ
(普段は通らない沢も、冬場であれば遡行対象になる。枯れ沢は冬向けの沢である)
以上の条件を満たし、遡行可能な沢の代表格といえば、普段は遡行対象にならない枯れ沢です。水量が少ない沢で、雨が降らなければ下手をすると源頭付近まで一滴も流れないこともあり、沢登りが初めての方であれば、沢と認識できないようなところもあります。
こうした沢であれば冬場でも遡行対象となり、シーズンインまでの足慣らしにも丁度良い場所も多くあります。
とはいえ、入渓者が少ないことが殆どで、難易度が全て低いわけでもないので、事前のリサーチは欠かさずに行いましょう。
丹沢は沢登りに最適
(丹沢は脆く崩れやすい岩も多い。油断するとすぐに崩れ、背面から落下することになる。)
神奈川県内で随一の沢数を誇る丹沢は水量の豊富な沢から上述の枯れ沢を始め、短時間で遡行可能な場所も多く、一般登山道を歩いていると沢を詰めて上がってきた遡行者と鉢合うことも珍しくありません。
冬場の沢では入渓点までのアクセスも難しい場所もあることから、麓では降雪が少ない地域を選ぶとなると、表丹沢周辺や西丹沢の標高の低い沢になるでしょう。丹沢北部の山梨県方面にも行く事は出来ますが、比較的難易度の高い沢が集中しているので、個人的には控えています。
寄沢水系 後沢ルートの特徴
(後沢序盤の滝)
後沢は寄沢の支流となる沢で、寄大橋から徒歩数分に入渓点があり、後沢乗越に詰め上がるルートが一般的です。
後沢乗越は丹沢でアクセス数が多い大倉バス停から、鍋焼きうどんで有名な鍋割山までを結ぶ登山道上にあり、寄方面からの合流地点でもあるので、休憩をする登山者が多いポイントです。
遡行者が少ない後沢
丹沢の中ではマイナーな部類に入る沢なので、1年を通して遡行者が少なく、静かな沢登りが楽しめます。
また少ない要因として、堰堤が多く登攀系の滝もない、水量も少ないといった一般的に沢登りでは興醒めする要素が多いことが考えられます。
とはいえ、ハイシーズンであれば選択肢に入れることがあまりない沢ですが、冬の時期であれば沢に飢えた遡行者であれば満足させてくれる沢になるでしょう。
後沢へのアクセスと駐車場情報
(下山時の目印にもなる寄大橋)
後沢への最短のアクセスは、寄大橋駐車スペースとなります。国道246号線から寄方面の県道710号線に入り、道なりに進みます。
駐車スペースは約10台ほどです。
路線バスでは小田急新松田駅から寄方面のバスが出ており、終点の寄で下車。寄大橋まで徒歩30分ほどです。
後沢のトイレと水場情報
寄大橋の水源管理棟付近にトイレがありますが、基本的に水場はないので、新松田駅前のコンビニで入手しておくか、マイカーであれば246号線と710号線の合流地点にコンビニがあるので、そちらを利用するのが良いでしょう。
沢登りでのトイレの注意点
(水流沿いでのトイレは死亡リスクも高く、水質汚染にも繋がるので厳禁)
一般登山道ではない沢登りでは、トイレが常設されていることはありません。
そのため、日帰りであればまだしも、野営を伴う長時間の山行では、用を足すことは免れません。
沢登り中のトイレはもちろん野外ですることになります。
し尿を沢に直接流すことはせず、沢から離れた場所でします。これは水を汚すな、というモラルもありますが、なにより水の中は危険を伴っているため、無防備の状態となるトイレは何があっても止めておきましょう。
沢から離れた用を足す場合は、足場が安全で、便は土を掘って埋めておきます。
冬の沢登りの装備リスト
- バックパック(モンベル ディナリパック25)
- サブバッグ(モンベル トレールランバーバッグ4)
- 予備ウェア(モンベル)
- ダウンジャケット(モンベル)
- コンパス(SILVA)
- 地形図
- ヘッドライト(モンベル)
- ツェルト(モンベル U.Lツェルト)
- 水筒(モンベル フレックス ウォーターボトル)
- クッカー(スノーピーク ソロセット 焚)
- ケトル(トランギア)
- フライパン(ユニフレーム)
- バーナー(プリムス ウルトラバーナー)
- ガスカートリッジ(プリムス)
- ウッドストーブ(TOAKS)
- アルコール燃料ボトル(トランギア)
- アルコールバーナー(トランギア)
- スリング各種
- ダブルロープ30m
- カラビナ
- クイックドロー
- チェーンアイゼン
- エイト環
- ナイフ(オピネル)
- ライター
- ファイヤースターター
- 食糧、調味料
※この他にも沢靴、レインウェア、スパッツ等を装備
冬の沢登りにおすすめの後沢ルート
それでは、後沢を遡行していきます。
寄大橋ー入渓点
寄大橋の眼前にあるゲートを通ります。管理棟の少し奥に周遊歩道があり、下山はここから降りてきます。
(週遊歩道入口。ここが下山の終着点)
管理棟を過ぎ、10分ほど歩くと右手に細い沢が見えきます。
ここが後沢への入り口となり、目の前に作業用経路があるので、その先の堰堤を上がり、入渓します。
入渓点ー分岐
(堰堤横の階段を上がる)
堰堤を上がると作業路の踏み跡があり、2つめの堰堤を越えて入渓します。ひとつめの堰堤を越えた時点での入渓も可能です。
渓相は穏やかで、始めの三段滝が見えてきます。
直登も可能と思われる滝ですが、今回は時期も時期で濡れたくないので、右岸より巻きます。
巻き上がると最後の3段目が視認できます。
ここは左側を登攀することができます。
滝を越えると、しばらく堰堤越えが連続します。
(それぞれに木道が設置された堰堤がある。木道は古いので慎重に)
(木道が続く場所も)
沢登りのモラルと人工物
沢登りにはスポーツのような明確なルールが存在しません。焚き火やハーケンの打ち込みなど、自然界に入り込むために必要なモラルはありますが、登攀方法、ルート取りなど、全ての判断は遡行者に委ねられます。
総合的な登山スキルと良識なモラルと引き換えに、遡行者には源流にある自然の在りのままの姿と、全ての生物にとってフェアな状況下における登山を堪能することができるのです。
そうした背景からか、沢登りを愛好する方にとって、堰堤や舗装路などは敬遠される傾向に在あります。
源風景を求める者にとっては無粋であり、自力での登山を望む方にとっては能力以上の環境を与えられることになり、より深みのある山行内容にならないこともあります。
暮らしを守るために必要な人工物を否定する気は全くありませんが、沢登り愛好家にとっては永久に消えることのないジレンマといえます。
堰堤を越えて分岐へ
堰堤を複数越えていくと、初めの二俣になります。
ここを左に向かうと目的の後沢乗越へ向かいます。
分岐ー後沢乗越
分岐を進み、すぐに2つめの分岐になります。
ここは右手に進路を取り、斜面を登っていきます。
進路を間違え懸垂下降
分岐はさらに別れ、見上げると後沢乗越と鍋割山へ向かう尾根が見えてきます。
(渓を振り返ると西側の山々を望める)
尾根が見えると安心してしまう私の悪い癖で、地形図を見ずに分岐を適当に選び、小尾根に取り付いて詰めようとしたところ、急斜面に進路を阻まれ、登りきれなくなりました。
西側にトラバースし様子を見ますが状況は変わらず、自身の過信を反省し、体重を支えられる木を見つけ、懸垂下降で安全な場所まで下降しました。
懸垂下降とは
(支点の木にザイルを掛け。下部に懸垂下降する。単独では撮影が厳しい時も)
懸垂下降は沢登りに必要な基本的な技術のひとつです。
沢登りでの懸垂下降は、倒木、束ねた藪(ブッシュ)などを使って支点を作り確保器(ビレイデバイス)を使って下降します。支点となる自然物の腐敗、立地などで強度を判断することが重要です。
東へトラバースし目的地へ
懸垂下降後、東へ進路を修正します。目的地の後沢乗越より西側の急斜面に向かってしまった様で、予定していた谷から後沢乗越へ到達するルートに戻りました。
後沢乗越ー栗ノ木洞
(後沢乗越)
最後の谷を詰め上がると、真横に目的地の後沢乗越に到着します。
平日という事もあり登山者はおらず、静かな現地。
ここから尾根を南下し、西に伸びる尾根を目指します。
尾根は栗ノ木洞の50m程北側にあり、そのまま下り、途中の分岐する尾根を寄大橋方面へ向かうことになります。
栗ノ木洞までは歩きやすい静かな道が続きます。
丹沢を代表する表丹沢方面、鍋割山などが視認でき、一般ルートで来た時にはこれからの山に心躍る場所でもあります。
途中勾配のある登りを越えれば、栗ノ木洞に到着です。
栗ノ木洞ー寄大橋
(分かりやすい1本道の尾根が続く)
目立った尾根は周辺にはこの一本なので、地形図を見れれば見失うことはないでしょう。
(尾根上の幾つかに付けられている柵。老朽化しており所々通過できる)
防護柵が尾根に沿って付けられているので、道を間違えると所々防護柵をくぐることになりますが、大きな支障ではないので、大丈夫です。
下山は道迷いに注意が必要
沢登りを含めたバリエーションルートを歩く際、最後のリスクとなるのが下山です。
今回は分かりやすい尾根を下降していますが、幾つも派生した支尾根がある、踏み跡があり無意識に誘導されるなど、下山路を間違えると沢に降りてしまったり、急峻な谷に迷い込み進退窮まるなど、最後まで油断することはできません。
地形図で周囲の状況を確認し、自身のペースを考慮しながら下山しましょう。
周遊歩道に出て下山
(尾根を降りきると週遊歩道に出る)
寄大橋に向かう分岐を右に折れ、5分ほど歩くと寄大橋が眼下に見え、間もなく週遊歩道に出ます。
ここに出ればもう安全です。
管理棟に到着したらザックを降ろし、沢登りで充実した余韻に浸りましょう。
(管理棟に出ればもう安心。画像は朝一のもの)
まとめ
夏に清涼感が味わえる沢登り。冬は凍える中で何のメリットもないであろう中遡行する、マイナーな登山方法です。
しかし、沢を愛好する方にオフシーズンはなく、この時期にこそ歩いてみたい沢は沢山あります。
ちょっと(どころではないかもしれませんが)変わった沢登りの世界を、気が向いたら覗いて見てくださいね。
※沢登りを含め、バリエーション登山は一般登山と違いリスクが大きく高まる登山方法です。必ず登山の基本スキルを講習、経験ある方との同行で学んだ上で楽しみましょう。