登山道で徒歩をメインとした一般的な登山と異なり、クライミングや雪山登山では、限定されたシチュエーションで活躍する装備が必要となります。
今回は、夏の風物詩である沢登りに必要な装備をご紹介します。
沢登り入門①沢登りの環境を知ろう
必要な装備を用意するためには、まず沢登り中の環境と一般登山の環境の違いを把握しましょう。
沢登りは常に濡れた環境
水流のある渓谷沿いを歩く沢登りでは、常に足元が濡れ、滝の登攀や本流の徒渉で全身が濡れます。沢登りといえばという環境であり、この濡れは遡行中に乾くことは稀で、常に湿った環境に晒されることになります、
沢登りは足元が滑りやすい環境
踏み固められた登山道、整備された木道など、普段はあまり気づきませんが、登山道は非常に歩きやすい環境です。
自然のありのままを残している渓谷では、崩れやすい斜面、水流の中の苔むした岩などを歩くため、足元は安定せず、十分な広さを持つ平地を見つけることも難しいことがあります。
危険度の高い場所もある
滝を登ることやぐずついた斜面の高巻き、急傾斜のトラバースなど、常に危険箇所の中を歩くことになります。時には垂直の斜度を下降することもあり、一定以上のクライミング力を要求されます。
野生の動植物に遭遇することもある
一定数が歩かれる登山道と異なり、人気の少ない渓谷内では、野性動物に遭遇することが割りと多いです。
これまでの沢登りでは、熊や鹿、カモシカなどの様々な動物に出会ったことがあり、幸運にも被害にあったことはありませんが、岩から蜂に襲撃されたりと、致命的な傷を追うこともあります。
また稜線に上がる詰め、高巻きでは触れるだけで怪我をする毒性のもの、有刺植物への注意なども必要です。
沢登り入門②沢登りの服装に必要な機能
上記のことから、沢登りでは外的環境からの影響を受けやすく、また対策を講じなければ生命の危機に容易に瀕する環境であるといえるでしょう。
沢登りの服装には箇所にもよりますが、求められている機能性があります。
速乾性
体温低下から身を守り、快適な着心地を得るために必要な速乾性は、沢登りの中で最も必要な機能といってもよいでしょう。
保温性
低下した体温を回復、または体温低下を防ぐため、保温性は重要な機能になります。ダウンなどの保温素材だけでなく、足元にネオプレン性のスパッツを身に付け、防護と保温を兼ねたアイテムも存在します。
防護性
外部の衝撃から身を守るため、速乾性の次に気を付けたい機能です。
落石、動植物からの外部刺激、水流など、沢登りでは絶えず何かしらの衝撃によるリスクが付きまとっています。こうした衝撃から身を守ることは、その日の山行の成功だけでなく、今後の山においてもダメージを抱えることなく望むことができます。
沢登り入門③服装の選び方
化繊素材のものを中心に選ぶ
速乾性の高い化学繊維素材のモデルがオススメです。
一般登山で着用しているウェアで問題ありませんが、沢登り、またはウォーターアクティビティに特化したウェアであれば、より活動中のストレスは軽減されます。
体を覆うことを念頭に選ぶ
沢登りでは上述の通り、思いがけない怪我に遭うことは珍しくなく、その怪我の範囲は非常に広範です。
地肌を露出することで防げることも多く、吸血や刺傷、転倒など、様々な要因から身を守れます。
トップは長袖、ボトムも丈の長いものの他、夏で長袖は避けたい場合、スパッツなどを着用すると良いでしょう。
レインウェアを活用する
雨天時に濡れから守るレインウェアは、沢登りでも重宝します。使用の頻度は一般登山より高く、秋冬で冷えるときは常時着用することも。防風効果もあるため、体温低下予防にも役立ちます。
使うレインウェアは、使い込んだ古いもの、もしくは安価なモデルがオススメです。沢登りは一般登山よりギアの消耗が激しいため、高価なウェアでは費用対効果が低いといえます。
沢登り入門④必要な装備 沢靴
続いて、沢登りで必要な基本的な装備をご紹介します。
沢靴とは
苔むした岩場、水流の中等の歩行は、通常の登山靴では非常に滑りやすく、遡行は不可能といえます。こうした沢登り特有の環境に対応したギアが沢登り専用の靴、通称、沢靴です。
豊富なラインナップが各社より展開されていますが、基本性能として、濡れても損なうことの無い快適性、体温低下を防ぐ保温性、沢登り環境下で発揮されるグリップ力が保証されています。
沢靴の種類
沢靴には大きく分けて2種類のソールがあり、それぞれに特性が異なります。
・フェルト製
フェルトをソールに使用しており、渓谷内の湿気た、苔むした場所などで真価を発揮する沢靴です。
フェルトの細かい繊維が抜群のグリップ力を発揮します。反面、乾いた岩場といった場所ではソールの消耗も激しく独特のフリクションを得られないため、不利なシチュエーションとなります。
・ラバー製
沢登り専用のソールパターンを採用し、乾いた岩場、水中の岩に対し驚異的なグリップ力を発揮します。
遡行後もそのまま一般登山道で使える性能もあるため、下山用のシューズを荷物に加えなくて良い利点も魅力です。とはいえフェルト製が得意とする環境下では滑りやすくなります。
どっちのソールがおすすめ?
沢登りは入渓までのアプローチ、遡行、詰め、下山といったシチュエーションがあります。
行先での環境を総合的に判断し、どこで沢靴の性能を求めるかを考えてみましょう。
基本的には遡行中が最も重要ですが、装備の重量減や下山から完了までの時間を考慮するなどの把握も、ソール選びの参考にすると良いでしょう。
沢靴の必要性
初めての沢登り時に、恐る恐る水中にある岩に足をつけ歩行し、岩と岩を飛び越え、泥々の斜面を登った時、この沢靴が無ければ生きて帰れなかったと実感したことを覚えています。
遡行中は滑る不安を一切感じさせず、縦走用にある殻の様に守られた登山靴と異なり、軽量であるため運動性も高い。遡行者の能力が求められるギアであるといえます。転倒してもそれは遡行者による要因(疲労や不注意)が大きいと感じさせるものでした。
沢登り入門⑤必要な装備 登攀具(とうはんぐ)
滝の登攀、沢床に降りるまでの急斜面で懸垂下降、沢の渡渉での確保など、様々な場面で登攀具が必要になってきます。ひとつひとつの道具の用途と特性を知ることでより安全な遡行を可能にします。
沢登りの装備①ハーネス
登攀具の中で最も基本的な装備になり、初めて沢を遡行する方には必携のクライミングギアといえます。
ハーネスは腰から脚部に付け、側面にギアラックが備え付けられています。
墜落を防ぐ確保の役割を持ち、墜落時には衝撃を抑える大事な装備です。
遡行準備で付ける一連のやり取りは、これから見る沢の景色への期待と、リスクを含んだ世界に飛び込むという認識を持つ瞬間であり、身が引き締まる思いがします。
ハーネスには主にロッククライミング用のものと、沢登りに必要な機能を押さえつつ、軽量で動きやすいモデルなどがあります。見た目にとらわれず、求める機能と自分に合ったサイズのものを選びましょう。
沢登りの装備②カラビナ
ハーネス、確保器、ザイルといったギア同士を繋ぐアイテムです。登攀以外にも登山道具にはこのカラビナの使用を想定した構造をしているものもあり、登山では最もポピュラーで親しみやすい登攀具といえるでしょう。
カラビナは非常に多くの種類があり、今回では説明しきれないほどのモデルが展開されており、その歴史も深いものがあります。
沢登りではゲートがロックできるタイプを必ず携行し、それ以外にも数種類持っておくと、シーンに合わせたものを使用できます。
カラビナは必ずクライミング用のものを使用しましょう。タウンユースやアクセサリーで販売されているものでは強度が足りず破断します。
沢登りの装備③スリング
テープ状のアイテムで、沢登りでは非常に使用頻度の高い道具です。
使用用途は支点の構築、野営時のタ-プ設営、簡易的なギアラックなど、遡行中にスリングを使う場面は登攀時に限りません。
渡渉や小滝で先行者が後続を引き上げる際にお助けに使用したりといった、ザイルに代替する機能としての利用、その強度を利用して簡易ハーネスにするなど、遡行を重ねるほどにその汎用性に気がついてきます。
スリングには径や長さに種類があり、また特別な加工が施されたものがあります。
カラビナ同様、数種類を持ち合わせておきましょう。
沢登りの装備④クイックドロー
その形状からヌンチャクとも呼ばれているアイテムで、カラビナをエキスプレスリングで結んだギアです。
単にカラビナを繋いでいるわけではなく、中間支点を取るための用途を考慮し、ストレートゲートとベントゲートを組み合わせています。ストレートゲートはハンガー側、ベントゲートはロープ側で使用します。
沢登りの装備⑤確保器
(左からブラックダイヤモンドのATCと、マウンテンダックス製のエイト環)
確保器は先行する登攀者の墜落防止に使用するアイテムで、ビレイデバイスとも呼ばれています。ギアによっては懸垂下降にも使用でき、これがないと沢登りで大きな支障をきたすことになります。
単体では成立しないアイテムで、ザイル、カラビナと組み合わせての使用が前提になります。
その種類は数多く、ブラックダイヤモンド社製のATC、かつてはよく使われていたエイト環など、性能や使い勝手に個性があります。
ひとつあれば大丈夫ですが、私は落下、紛失した際の対応策として、ビレイデバイスは2つ持ち歩いています。
沢登り入門⑥その他の必要な装備
ヘルメット
頭部を守るヘルメットは、倒木や落石などが多い沢登りでは必携といえる装備です。
最近では着用率も上がっており、登山中のリスク回避に対する意識も向上していることなどが背景として考えられます。
登山用のものは軽量かつ、想定される状況に合わせた形状をしています。
時々、コストを考えて今ある自転車や他ジャンルのヘルメットを検討しているという話を聞くことがありますが、可能であれば登山用を着用する事を強くおススメします。
想定される衝撃、着用時間、衝撃が来るであろう位置など、ヘルメットは状況に応じて形を変えるため、ジャンルごとに形状が大きく異なります。極端な事例では、自転車とオートバイではヘルメットの重量と形状が同じ二輪でも、想定される速度、転倒なのか衝突なのか等で重量や形状が変化します。
登山用ヘルメットは長時間行動でも支障が無い重量が特徴で、100g台のヘルメットも存在します。
想定されるリスク(滑落、転倒、落石など)と行動時間を考慮し、ヘルメットはひとつだけでなく幾つか持っておいても良いでしょう。
ヘルメットは一度でも大きな衝撃を与えると、その性能を発揮しなくなります。使用済みのヘルメットを連続で使う事は止めましょう。
沢登りにあると便利な装備①PAS
パーソナルアンカーシステムの略称で、セルフビレイや支点を構築する際に役に立つアイテムです。チェーン上にしたもので、使いようによっては汎用性もあるギアです。
沢登りにあると便利な装備②タイブロック
一定方向にしか動かない構造になっており、ロープワークでいうフリクションノットの役割を果たしてくれます。ザイルに接続すると上方向にしか動かないため、落下防止の際に重宝します。
まとめ
ここで紹介したものは、装備の中でも沢登りを始めるうえであった方が良い基本的なアイテムをご紹介しました。
共同装備ではザイルを入れたり、一定の難易度を超えるところでは、ハンマーやハーケンなどを携行して登攀に備え、効率的な行動を考慮してチェーンアイゼンを加えるなど、沢登りでは非常に多くのアイテムを活用し、難所を乗り越えていきます。
沢登りの楽しみのひとつとして、枠にとらわれず、自然の中で自身のポテンシャルを発揮することが挙げられます。身体的なポテンシャルだけでなく、アイテムの性能を遺憾なく発揮し難所を越えた時、それは時に登頂以上の感動を感じることもあります。
是非、沢登りに挑戦してみてくださいね。